南アジアの国、バングラデシュの人たちが集う地域が東京都北区の東十条・十条エリアにあると聞いた。同国の首都にちなみ「リトル・ダッカ」と呼ばれているという。なぜ十条に? 好奇心のままにJR京浜東北線に飛び乗った。(安田信介)

東十条駅を降りて歩くと、戒律で豚肉などの飲食が禁じられているイスラム教徒向けのハラール食材店があちこちに点在し、緑地に赤い丸をあしらった国旗が顔を出す。濃厚なスパイスの香りがつーんと鼻を刺した。
話は約40年前、1人のバングラデシュ人の青年が東十条の地を踏んだことに始まる。大学卒業後、「日本語を学べば良い将来が待っている」と考えて来日したカウサル・ブヤンさん(61)だ。通った日本語学校が東十条駅近くにあった。
当時、地域に外国人は少なく、アパート探しに苦労したという。保証人もいない。知人宅に間借りしながら、つてをたどって入居できたのは6か月後だった。
バングラデシュは国民の約9割がイスラム教徒。カウサルさんもその一人だが、近くにハラール食材の店がなく、数少ない同胞たちは、電車に乗って豊島・池袋まで買い出しに行っていた。「食材店を開けばビジネスになるし、同胞たちも助かる」と考え、1991年に店を開いた。
「日本は治安が良く自由。政治も安定している。社会のルールを守れば、イスラム教徒として暮らしても文句は言われない」。すぐ親戚らを呼び寄せた。アパート入居や仕事の世話、病院での通訳など何でもやった。少しずつバングラデシュ人や食材店が増え始めた。
コミュニティーのさらなる拡大に大きな役割を果たしたのがモスクの設立だ。
イスラム教徒にとって、毎日の礼拝は重要だ。金曜は集団礼拝の日とされており、東十条では2005年、アパートのベランダで数人が礼拝を始めたとされる。その後、広い場所を求めてスーパーの片隅のスペースを借りるなどして礼拝を行ってきたが、周囲に気兼ねせず礼拝できるモスク設立が悲願だった。
有志が日本全国のモスクを回るなどして寄付を募った。最終的には約9000万円が集まり、「マディナ マスジド東京」が18年にオープンした。今では、毎週の金曜礼拝に500~600人が集まるという。
モスク役員のモハメド・ドラルさん(42)は「ここは助け合いや交流の場所。仕事がないなど、困った時に来れば誰かが助けてくれる」と笑顔。食材店に勤務するフマユン・カビルさん(46)も「モスクが近くにあるので安心して暮らせる」と話す。

東十条・十条エリアを含む北区では、都内の自治体で最多となる1690人のバングラデシュ人が暮らす。2001年1月の304人から5倍以上に増えた。神戸大の澤宗則教授(移民研究)は「留学生として来日し、日本企業などに就労後、結婚し、家族と定住するケースが多い」と指摘する。
これまでは食材店や料理店、中古車販売業が定番の職業だったが、新しいビジネスに踏み出す人も出ている。
ホサイン・ショハグさん(39)は昨年、ハラール食材を使ったラーメンショップをオープンした。
「みんなラーメンが食べたいが、(イスラム教が禁忌とする)豚由来の成分がネックだった」と話す。スープはみそベースに鶏パイタンや牛骨を使う。自家製のチリソースで辛みを出し、「スパイシーラーメン」を自称する。日本人の味の好みにも配慮し、「客の6割は日本人」という。
バングラデシュから妻を呼び、長男(9)と長女(4)も日本生まれだ。「知り合いの多いこの地でビジネスを大きくしたい」と意気込む。
カウサルさんは「日本語は難しく、帰国したいと思うこともあったが、今は古里のようだ」と感じている。
日本の住みやすさについて聞くと、こう答えてくれた。「バングラ人と日本人の価値観は似ている。うそをつかず、人に迷惑をかけないことが大事。両国はとても相性がいいと思う」